最高裁判所第二小法廷 昭和40年(オ)1452号 判決 1966年9月30日
上告人
福井美代子
(ほか二名)
右上告人ら三名訴訟代理人
山村治郎吉
被上告人
京都市
右代表者市長
井上清一
右訴訟代理人
納富義光
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告人ら代理人山村治郎吉の上告理由第二ないし第四点について。
論旨は、本件土地は上告人ら先代福井平次郎において自創法の規定により政府から売渡を受けたものであるから、特別の法律知識のない同人において自己の所有であると信じるのは当然であるのに、同人の占有に過失があった旨判断した原判決には、民法一六二条第二項の解釈を誤ったか、審理不尽理由不備の違法があるという。
原判決は「一般に自創法の規定による農地の売渡処分があった場合、その処分に取消原因たる違法事由があっても、右処分は取り消されるまで適法の推定をうけるから、その買受人は右処分の結果としてその所有権を取得したと信ずるのは当然で、特別の事情のある場合のほか、そう信ずるについて過失がなかったものと認めるのが相当である」と判示しながら、福井平次郎は、本件土地を、土地区画整理事業終了後一時的に無償で借り受け耕作していたものであり、将来は京都市の児童公園となる土地であることを知悉していたから、たとい売渡処分を受けても将来取り消される事態になるのではないかと積極的な疑念を抱くのが当然であるのに、この点に思い及ばず格別の調査をしなかった点において過失の責を免れないと判断して、上告人らの一〇年の時効取得の主張を排斥していること、論旨指摘のとおりである。
しかし、政府から農地として売渡をうけた以上、売渡によって自己が所有者になったと信じるのは当然のことである。よほど特別の事情のないかぎり、その売渡処分に無効・取消事由たる瑕疵がないことまで確かめなければ所有者と信じるにつき過失があるというのは、法律知識のない一般人に難きを強いるものといわなければならない。当の政府が農地と認定して買収・売渡をしているのに、法律的知識が特にあると認められない右福井平次郎において、売渡をうけた本件土地が農地でないことに気付くべきであったというのは無理な話である。
原判決の確定した事実によると、本件土地はもと農地であったが、組合の土地区画整理事業にあたり、組合規約上将来京都市の児童公園として市有地とする目的のために保留地処分がされたものであるが、昭和一一年右区画整理事業が完成した直後に福井平次郎においてこれを借り受け、以来売渡をうけた昭和二三年一二月二日にいたるまで一〇年余の間耕作していたというのである。そうとすれば、右福井平次郎は、区画整理事業完了当時においては兎も角、売渡をうけた当時においては、本件土地が農地でないことに疑念を抱かなかったのは当然のことであろう。
これを要するに、原判決判示のような理由で福井平次郎は本件土地の所有者と信じるにつき過失があると判断したことには、理由不備の違法があるといわざるをえない。論旨は理由あり、原判決を破棄し、さらに過失の有無その他の争点につき審理をさせるため原審に差し戻すべきものとする。
よって、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)